やすらぎの刻~道
ニキビがしのちゃんが好きだと
口の軽い公平に告白したのは
満州に渡れば2度と故郷の土は踏めないと
覚悟したからだ。
生まれ育ったこの村がニキビの原風景になる。
ニキビの爺ちゃんが昔、好きな子がいると
幼馴染と谷に向かって立ちションしながら
つい言わずもがなの告白をしたのも
山の中に友達と2人しかいないので
つい話してしまったのだろう。
ニキビの爺ちゃんはニキビが知るかぎりでは
毎日家と畑との往復で、寡黙
まさかこの爺ちゃんにも
若い時代があった事すら想像つかない様な
生活をしていたらしい。
自分たちも将来爺ちゃんになって
子供や孫にきっと今の自分たちと同じ事を
思われるだろう、という公平の言葉に深く
共感していた。「え?好きな人がいたの?」て。
ニキビの爺ちゃんにもあたり前だが原風景はあったのだ。
ボケていても昔の記憶は憶えているらしい。
満州に連れていかれるなりゆきを感じて
立ちションで告白した昔好きだった人に会いにいったとは。
世の中にはどうにもならぬ事はあるけれど
ニキビがしのちゃんが好きだったという告白や
ニキビの爺ちゃんがボケているのに
一方の婆ちゃんもまだらボケらしいのに
3里の山道をひとりこえて会いに行ったとは。
なんともせつない話だ。
ニキビの爺ちゃんも「これが故郷の土を踏む最後だ」と
覚悟しているのだ。
ニキビの告白と同じだ。
希望より不安が大きい満州行き。
ふるさとの土地を捨てる無念さ。
2度と帰ることはないだろう、ほぼ確実な予感。
だからニキビはしのちゃんへの思慕だけは幼馴染の誰かに
置き土産で告白しておきたい。
ふるさとに見切りをつける覚悟を
おのれでおのれを叱咤しようとしたのだと思う。
未練を断ち切るというか。
ただその相手が恋敵であり口の軽い公平だったという事だ。