やすらぎの刻~道
熊のフミコが死んだ。
山に食べ物がなくなり
山をおりて村の家畜を荒らすフミコは
村人とは利害が対立する困った熊だったが
歳古るにしたがい特に身近に接していた鉄兵には
心が通じ合う友人の様な特別な熊だった。
鉄兵が肉をさばく時、何か言いたそうな
目で鉄兵を見たらしい。
ひと晩、血ぬきをして、明日フミコを
食べると言い残して鉄兵はフミコの
赤い肉のかたまりを土間の桶の上にのせて
沈痛な表情で帰って行った。
公一と公平は死を待つばかりの
公一が昔好意を持っていた女の人の家から
帰ったばかりで
フミコの肉が肺炎で吐血した女の人の赤い血を
妙に連想させた。
女の人とはもう会えないだろう。
たった1日で近しい間柄2組と世さらばだ。
戦争が世の中を暗くしている。
戦争さえなければ満蒙開拓団もないだろうし
満人が土地を奪われることもなかったろうし
女の人が肺炎にかかる事もなかったろう。
室井先生の戦死もなく
満州の夜空は満天の星で
根来家の夜空も同じ
公平は「自分はついてない」が口癖だけど
戦争のせいで全員がついてない。
しかもまだ始まりで、これからもっと悪くなる。