朝ドラ 思い込んだら片桐はいりは命がけ
音楽教師の片桐はいりは
沖縄はアメリカ本土ではなくとも
アメリカの風習が適用されて
他人の家に
他人の敷地内に侵入したので
ショットガンで射殺される。
日本政府は何も抗議しない。
アメリカ政府は遺憾の意を表明するだけ。
片桐はいりはまるで虫けらの様に殺されて
親類縁者がいないため、
小さなお葬式で焼かれたあと、無縁仏として
村はずれの鎮守の森のそばにある墓地に埋められるのだ。
卒塔婆は一本。戒名は音楽教師ご苦労様信女。
そのあと学校葬をやる。
無念さに成仏できず魂が毎夜村の空を迷って
飛び回らない様に死者の魂を鎮めるのだ。
ご褒美として音楽室に有名音楽家のとなりに
写真をかざる。
たとえば写真の雰囲気が似ているベートーベンの隣りに。
ロールオーバーベートーベン。
「死して屍、拾う者なし」
畳にあおむけに大の字になり死亡したのはさすがだった
そんな風に、末代まで語り継がれたそう、
(あるいは、そう、でなく、わけ)
私は今朝の朝ドラの、あの場面を観て
そんな様な事を感じました。みなさんはどうでしたか?
お便りを待っています。