【あじさい泥棒】
ウチの団地の花屋さんの横には
駐車場につながる花壇があって、そこに
毎年あじさいが咲く。
鮮やかなコバルトブルーのあじさいで
私の大のお気に入りで、毎年この時期になると
裸の枝から青葉が出て、つぼみになって
花が咲く、雨が降ったり、青空になったり、
とにかくその横を通るたびに癒されるのだ。
その私の大切なあじさいを去年から
ちょうど花が満開になる頃を見計らって
ひとつ、ふたつと、
盗んでいく不埒なヤツがあらわれた。
花屋さんが囲いを作ったり「みなさんの
あじさいです。とらないで」と手書きで
書いた看板もむなしく
今年もまたやられてしまった。
で、3日前、私は、はからずも、
その現場に出くわしてしまったのだ。
犯人はたぶん子供だろうと思っていたら
腰の曲がった、
手押し車のおばあちゃんだった。
手押し車が摘んだばかりのあじさいで
花盛りになっている。
何を言っても受け付けない感じの人だったので
黙って通りすぎようとしたら
もの凄いにおいの体臭がした。
【Giants】
狭い歩道を歩いていたら、うしろから早足で
歩く足音がした。スタスタ、スタスタ。
脇に寄ってやりすごそうとしたら、
中々追い越してくれない。
何度も書きますが私は人相があまり良くないので
人となるべく視線を合わさないようにしています。
振り返りたいのを我慢して歩いていると
スタスタ、スタスタ足音がするばかり。
でもようやく追い越してくれた。
背がとても低い、ずんぐりむっくりのオッサン
だった。
野球帽に、黒の半袖のTシャツに
だぼだぼのジーパンにサンダル履き
という、見事なファッション・センス。
野球帽のうしろの部分に、壁のフックにかける
ための細い布地がついているでしょう。
そこに「Giants」とあった。
身長は爆問の田中より小さいと思う。
しかもずんぐりむっくり体形で、いかにも
力がありそうなのだ。
小さな歩幅で
肩を怒らして早足に遠ざかる帽子の
「Giants」が、まるでギャグみたいだった。
【引越し】
前の棟で引越しがあった。
朝7時頃から手伝いが来て大騒ぎだ。
突然、「それ行けスマートみたいだろ?」
という大きな声が聞こえた。
私は人の口から「それ行けスマート」という
言葉を聞いたのは40年以上ぶりの事だった。
引越して行く気楽さからか、明るく元気な
声だった。
窓からのぞくと、ごましお頭の紳士で
「それ行けスマートみたいだろ?」は
部下らしい若者に対して
発せられたものらしかった。
若者が理解できたかどうかは謎だ。
でも私にはすぐに判った。
昔、私の大好きな番組だったからだ。
前の棟のご主人は
「それ行けスマート」をあんなに大声で
明るく口にできる人だったのか。
私は一度も会話をかわす事もなく
無二の親友を失った気がした。
仕事が終わって帰って来たときには、
カーテンを取り払った窓が真っ暗になっていた。